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周辺観光 歴史のまち 萩を歩く SIGHTSEEING SPOTS AROUND HAGI

萩市は毛利家の城下町として栄え、明治維新の発祥の地として知られています。
「百万一心」や「三矢の訓」で有名な毛利家ゆかりの名所を訪ねたり、
明治維新に活躍された方の旧宅めぐりなどお勧めです。

1. 松下村塾・松陰神社

萩本陣から徒歩約10分

松陰神社の松の茂る清浄な境内を進むと、吉田松陰歴史館等をすぎると、左手に「松下村塾」があります。
吉田松陰は、1857年(安政4年)年出獄して、杉家に幽閉中、叔父玉木文之進の松下村塾を引き継ぎ、安政の大獄により29歳で刑死するまでの2年半、若き門下へ新しき日本を拓く実践の道を熱く説きました。
当時、吉田松陰28歳の若き師は、高杉晋作、久坂玄瑞、前原一誠、山県有朋など幕末から維新にかけて光彩を放つ人材を育成しました。 この松下村塾は、杉家の物置小屋を改築したもので、質素な小さな建物です。 藩が作った学校である明倫館へ入学できないような下級武士の子弟が多く学んだことも有名な話です。明治維新は、師の構想を実現するために、戦った弟子の歴史です。その原点がここ松下村塾にあります。あなた自身の変革もこの地から・・・。

2. 伊藤博文旧宅・別邸

【伊藤博文旧宅】 萩本陣から徒歩約10分

松陰神社の近く、生け垣に囲まれた質素な建物です。
伊藤博文は、1841年9月2日(天保12)、当時の周防の国熊毛郡束荷村、今の熊毛郡大和町で、百姓林十蔵、母琴子の長男として生まれました。
1854年(安政元年)父が家族を連れて、萩藩の中間、水井武兵衛(伊藤直右衛門)の養子となり、この家に住むことになりました。博文14歳の時でした。 博文が17歳の時に近くの松下村塾に通って吉田松陰の教えをうけ、尊皇攘夷運動の志士として活躍しました。 28歳の明治元年、兵庫県知事に赴任するまでの14年の間ここを本拠としました。
その後、明治憲法制定の任にあたってその功を遂げ、初代内閣総理大臣、枢密院議長、貴族院議長に就任するなど政府の要職を歴任しました。
内閣を組織すること4次、明治の元勲といわれ、政府の最高指導者となりましたが、明治42年69歳、ハルピン駅頭で凶弾に倒れました。
この旧宅は、茅葺き平屋建て(7室、建築面積8952平方メートル)で風呂場と便所が野外にある当時の農村にあった典型的な下級武士の住宅です。 伊藤博文の学業時代を偲ばせる貴重な史跡です。

  • ご利用料金 ▶︎ 
    9:00 〜17:00 年中無休
  • 料 金 ▶︎ 
    無料
【伊藤博文別邸】 萩本陣から徒歩約10分

旧宅の隣に、立派な建物が見えます。これが、伊藤博文別邸です。
伊藤博文が、1907年(明治40年)に東京府下荏原郡大井村(現在の東京都品川区大井)に建てたもので、車寄せを持つ玄関の奥に、中庭をはさんで向かって右に西洋館、左手に書院を配して、さらにその奥に離れ座敷、台所、風呂及び蔵を備えた広大な建物でした。
ここへは、往時の面影をよく残す玄関、大広間、離れ座敷の3棟をはるばると萩間で移築したものです。 明治時代の宮大工伊藤満作の手によるもので、大広間の畳五枚分の1枚杉板の鏡天井や離れ座敷の節天井など意匠に優れています。

  • ご利用料金 ▶︎ 
    9:00 〜17:00 年中無休
  • 料 金 ▶︎ 
    100円(小学生未満無料)  ここにはガイドが常駐し、施設の説明を行っています。

3. 玉木文之進旧宅

萩本陣から徒歩約10分

(たまきぶんのしん/1810〜1876)
伊藤博文旧宅からつま先上がりの坂道を登って行く左手に、門前に石碑が建っています。
吉田松陰の叔父にあたり、杉家から出て大組40石の玉木家を継ぎました。
生まれつき学識に優れ、松陰の教育にも大きな影響を与えました。また、近くの児童を集めて教授し、「松下村塾」と名付けました。
この塾の名称は、久保五郎左衛門が継ぎ、1855年(安政2年)には松陰が継承して、名を天下にあげるに至ったことから、この旧宅は松下村塾発祥の地と言われています。
建物は、木造茅葺き平屋建てで、8畳の座敷のほか4畳の畳部屋・3畳半の玄関・4畳半の板間と土間の台所があります。湯殿と便所が別にあります。

  • ご利用料金 ▶︎ 
    9:00 〜17:00 年中無休
  • 料 金 ▶︎ 
    100円(小学生未満無料)  ここにはガイドが常駐し、施設の説明を行っています。

4. 吉田松陰誕生地・墓所

萩本陣から徒歩約20分

「玉木文之進旧宅」から南へ急な坂を登りつめたところです。
ここは団子岩と言われる風光明媚な所です。
ここから萩城跡のある「指月山」を正面に市街が一望できます。
右手には、宿泊された「萩本陣」と「吾妻山」が木の枝の間に見えます。
現在は、建物の敷石と松陰産湯の井戸が残っています。
その東側に、吉田松陰と金子重輔の師弟が、下田沖の米艦を見つめる姿の銅像があります。
隣の墓地には、松陰をはじめ高杉晋作、久坂玄瑞など維新で活躍した人々の墓もあります。

吉田松陰の墓には、表に「松陰二十一回猛士墓」、裏に「姓吉田氏称寅次郎安政六年巳未十月二十七日」と刻まれています。
遺髪を埋めて百ケ日忌に建てられたものです。
墓前には、前原一世、久坂玄瑞、品川弥二郎、伊藤博文、高杉晋作など17名が寄進してその名を公然と刻んだ水溜め、花立て、灯籠が供えてあります。弟子の亡き師への思いに心打たれます。 この思いは、師への誓いではなかったのでしょうか。 この地は展望がよく、多くの方が訪れます。維新の息吹を感じる、ぜひ訪れておきたい場所の一つが、ここ「吉田松陰生誕地」です。

5. 東光寺

萩本陣から徒歩約15分

吉田松陰誕生の地より、坂を下ったところに東光寺があります。 毛利家(3代以降の奇数代藩主)の菩提寺です。
かつては、堂塔40棟、僧80人という大寺院でした。
現在は、総門、三門、大推宝殿、鐘楼が名残をとどめて、いずれも国の重要文化財です。
圧巻は、藩主の墓前に家臣達が寄進した役500基の石灯籠です。
毎年8月15日には、送り火として開かれる万灯会はその全ての灯籠に灯が入れられ、幻想的な雰囲気となります。

【万灯会国の重要文化財 東光寺】
  • ご利用料金 ▶︎ 
    8:30 から17:00 (入館は16:30まで) 年中無休
  • 料 金 ▶︎ 
    大人高校生以上 300円  小中学生150円
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6. 山田顕義誕生地・顕義園

山田顕義之誕生地 日本大学・國學院の創始者 学祖を大切にされる気持ちから、多くの植樹が行われ銅像の周りは緑で覆われています。

7. 萩城跡

壕と城壁の一部、石垣が残る萩城跡。旧本丸が公園となり春は600本のソメイヨシノが満開になる桜の名所でもあります。
その他にも牡丹、ツツジ、萩、ツワブキなど四季折々の花が咲き、人々の目を楽しませてくれます。天気の良いにはお弁当を広げる姿もあちこちに見られます。

8. 萩博物館

萩の街を知りたい場合はまず萩博物館へ。ボランティアガイドさんの丁寧な説明で萩の歴史や文化などあらゆることが分かります。
萩博物館は 『萩まちじゅう博物館』 の中核施設として、萩の自然や歴史、民俗、文化などあらゆることが学べる機能を持っています。

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9. 萩美術館(山口県立萩美術館・浦上記念館)

喜多川歌麿[きたがわうたまろ]の『難波屋おきた』や歌川広重の『東海道五十三次』をはじめとする浮世絵約5000点もの浮世絵版画と、
約400点の東洋陶磁器を所蔵することで有名な美術館。やきものや浮世絵ファンのリピーターが多いといいます。

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10. 熊谷美術館

熊谷家は、萩藩7代藩主毛利重就[もうりしげなり]に所帯方御用達に抜擢されて以来、問屋、金融、仲買などを業として栄えた豪商。1768年(明和5)に建てられた主屋と、離れ、本蔵、宝蔵が重要文化財に指定されています。展示室には初代坂高麗左衛門の茶碗や雪舟の掛軸、円山応挙[まるやまおうきょ]の屏風など、貴重な美術工芸品や古地図など約3000点を展示されています。4代主人が親交を結んだ、ドイツ医師シーボルトから贈られた日本最古のピアノがあり必見の価値があります。

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11. 高杉晋作誕生地

萩藩士 高杉小忠太(家禄200石)・みちの長男として生まれ、 1857年には吉田松陰が主宰していた松下村塾に入っています。
江戸時代後期、後の奇兵隊など諸隊を創設し、幕末長州藩を倒幕に方向付けた幕末の長州藩の尊王倒幕志士として有名になります。
旧宅内に晋作の写真や書などが展示され、邸内には自作の句碑「西へ行く人をしたひて 東行く心の底そ神や知るらん」や産湯に使った井戸があります。

12. 菊屋家住宅

藩の御用商人を務めていた菊屋家。現存する商家としては最古の部類に属し、400年の歴史があります。主屋をはじめ5棟が国指定重要文化財に指定されています。
また藩の本陣としての役割も持っており、当時の様子を約20年前に復元し一般公開しています。
すばらしい庭や美術品など貴重な資料が数多く展示されています。

13. 藍場川

藍場川はもともと農業用水、家庭用水や防火用水として利用されていたものを、延享元年(1744)6代藩主毛利宗広により川舟が通れるように開削され、薪や炭などの物資の運搬に利用されました。大溝と呼ばれていましたが川端に藩営の藍場ができ、そのため川が藍色に染まり、いつの間にか藍場川と呼ばれるようになったといわれています。今でもハトバと呼ばれる洗い場や川舟が通りやすいように中央を高くした石橋などに昔の面影が偲ばれ、城下町の生活の情緒を伝え残す数少ないところで、川沿いは歴史的景観保存地区に指定されています。

14. 旧湯川家屋敷

藍場川沿いにある藩政時代の武家屋敷で、川沿いに長屋門があり、屋敷の中には橋を渡って入ります。主屋には玄関、座敷と茶室などがあり、特に茶室回りの意匠が優れています。
また、川の水を屋敷内に引き入れて流水式の池泉庭園を造り、池から出た水を家の中に作られたハトバや風呂場で家庭用水として使った後再び川に戻しています。藍場川沿いの民家では環境問題に配慮した水の利用法を見ることができ、しかもその技術は優秀です。

15. 桂太郎旧宅

明治維新後、3回にわたって内閣総理大臣を務めた桂太郎の旧宅。
桂太郎は、萩藩士桂與一右衛門の長男として、萩城下平安古に生まれ、3歳の時に川島に移り住みました。
この旧宅は、明治42年(1909)に新築したもので、主屋は派手さを抑え、規模も比較的小さなもので、藍場川沿いの生活を穏やかに楽しむために造られています。

16. 鍵曲(堀内・平安古)

敵の進入を防ぐために造られた城下町ならではの町割。見通しがきかないように、道路が鍵手形(直角)になっています。昔のままの萩らしい風情を残す閑静な散策道です。

17. 口羽家住宅

萩城下に残る上級武士の屋敷としては古く、かつ全国的にも比較的数少ない武士の家を代表する建物。 後世の拡張のほかは改造も少なく、表門は縮小されてはいますが雄大な気風があり、屋敷構を示す上に重要です。
毛利家江戸藩邸の門を移したという表門(重要文化財)は桁行22.2m、梁間4.9mのなまこ壁が美しい長屋門です。

18. 旧田中別邸

明治9年(1876)に貧困士族救済のために夏みかん栽培を奨励した萩藩士小幡高政がここに住み現在の主要骨格は形成されました。大正期には元内閣総理大臣田中義一の別邸となり母屋などの増改築が行われた現在の建物となりました。
邸内には肖像画をはじめ大将服などが義一ゆかりの物があり一般公開されています。
隣接して「かんきつ公園」があり、夏みかんなどかんきつ類約10種類約400本の木が植えられています。

19. 萩・明倫学舎

全国屈指の規模を誇った、萩藩校明倫館。
「萩・明倫学舎」は、その跡地に立地している学舎です。平成26年3月まで授業が行われていた旧明倫小学校校舎が、新たな萩の観光起点として生まれ変わりました。
藩校の貴重な遺構と跡地に建つ日本最大の木造校舎です。
周辺には藩校明倫館の遺構として、槍・剣道場の「有備館」や水中騎馬が行われた「水練池」などが見学できます。

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朝のおすすめ 散策コース

所有時間 約40分

朝日の中の松下村塾は、今にも維新の志士が現れそうな感じがします。
その松下村塾の前にしっかりと立って、あの激動の昔をしのぶのもよし、今後の人生の決意をするもよし。
さあ、萩本陣から朝の散策に出発しましょう。
お時間のない方は松下村塾だけでもいいのですが、
時間がある方はぜひ回られて吉田松陰誕生の地より萩の町を展望すると最高です。
(温泉の営業時間ですが、朝9:30〜13:00迄は清掃の為入浴できません。)

  1. 萩 本 陣
  2. 1松下村塾・松陰神社
  3. 2伊藤博文旧宅・別邸
  4. 3玉木文之進旧宅
  5. 4吉田松陰誕生地・墓所
  6. 5東光寺
  7. 萩 本 陣

松下村塾・松陰神社

松陰神社の松の茂る清浄な境内を進むと、吉田松陰歴史館等をすぎると、左手に「松下村塾」があります。

吉田稔麿(よしだとしまろ)誕生の地

松陰神社より歩き始めてまもなく左側の民家の脇にひっそりと碑が建っているのに気づきます。車だと見過ごしそうな碑です。
1841年(天保12年)、足軽の長男としてこの地に生まれ、松下村塾に入門しました。高杉、久坂、入江と併せて松陰門下の四天王といわれました。 松陰の死後、尊皇攘夷運動に参加し、屠勇隊(とゆうたい)という有志の舞台を組織しました。1864年(元治元年)、京都の池田屋旅館で新選組に襲われ負傷し、 24歳の若さで死去しました。
歴史上では池田屋の変と言われています。

伊藤博文旧宅・別邸

茅葺きの質素な平屋です。 初代総理大臣がここで育ちました。

散策途中の道の風景より

松下村塾(松陰神社内)から吉田稔麿(よしだとしまろ)の誕生の地の碑を過ぎて、伊藤博文旧宅へ向かう途中の風景です。
静かな道で、左奥には、松陰神社の森が見えます。

玉木文之進旧宅

松陰の叔父で、松下村塾の創始者です。

散策途中の道の風景より

玉木文之進旧宅の前から吉田松陰誕生地・墓所へ向かう道の入り口を撮影したものです。
写真に写っている碑には、「吉田松陰誕生地」と刻ま れています。
道は急な坂になっていて、少々きついですが、登ると吉田松陰の像の前から美しい萩市内を展望する事ができます。
散策コースの途中で、坂になっているのは、ここと吉田松陰誕生地・墓所から東光寺への下り坂です。

吉田松陰誕生地・墓所

松陰の銅像もあり、萩の街を展望できます。

東光寺

吉田松陰誕生地を過ぎて維新ロードを下っていくと東光寺三門、総門が見えてまいります

萩市内観光 SIGHTSEEING IN HAGI

萩市は毛利家の城下町として栄え、明治維新の発祥の地として知られています。
「百万一心」や「三矢の訓」で有名な毛利家ゆかりの名所を訪ねたり、明治維新に活躍された方の旧宅めぐりなどお勧めです。
松下村塾へは、「萩本陣」から徒歩5分で行くことができます。

観光タクシー萩めぐりお気楽2時間コース

  1. 松陰神社
  2. 伊藤博文旧宅
  3. 松陰誕生地
  4. 東光寺
  5. 木戸孝允旧宅
  6. 高杉晋作旧宅
  7. 武家屋敷
  8. 萩城跡
  • 料 金 ▶︎ 
    小型 9,960円  中型 1,960円  ジャンボ 15,640円

観光タクシー萩めぐり満喫2.5時間コース

  1. 松陰神社
  2. 伊藤博文旧宅
  3. 松陰誕生地
  4. 東光寺
  5. 木戸孝允旧宅
  6. 高杉晋作旧宅
  7. 武家屋敷
  8. 夏みかんと土塀(鍵曲)
  9. 厚狭毛利屋敷
  10. 萩城跡
  11. 藍場川
  • 料 金 ▶︎ 
    小型 12,450円  中型 14,950円  ジャンボ 19,550円

観光タクシー萩めぐりたっぷり3時間コース

  1. 松陰神社
  2. 伊藤博文旧宅
  3. 松陰誕生地
  4. 東光寺
  5. 木戸孝允旧宅
  6. 高杉晋作旧宅
  7. 武家屋敷
  8. 萩城跡
  9. 反射炉
  10. 明神池
  11. 笠山
  12. 藍場川
  • 料 金 ▶︎ 
    小型 14,940円  中型 17,940円  ジャンボ 23,460円

萩循環まぁーるバス

ホームページ
  • 料 金 ▶︎ 
    乗車券100円

貸自転車

  • 料 金 ▶︎ 
    1時間160円フロントにて受付ています。

交通アクセス HOW TO ACCESS

お車で

JR・バスで

飛行機で

  • 新山口駅下車→萩行きのバスで終点→東萩駅下車→タクシーにて5分です。
  • 新山口駅から東萩駅までは、防長バス・JRバスのスーパーはぎ号が便利です。
  • 東萩駅または萩・明倫センター到着時、お電話を頂けたらお迎えに行きます。(15:00〜19:00)
  • 翌朝は 8:00 /8:30/9:00/9:30/10:00  東萩駅経由、萩・明倫センターへお送りいたします。