朝日の中の松下村塾は、今にも維新の志士が現れそうな感じがします。
その松下村塾の前にしっかりと立って、あの激動の昔をしのぶのもよし、今後の人生の決意をするもよし。
さあ、萩本陣から朝の散策に出発しましょう。
お時間のない方は松下村塾だけでもいいのですが、時間がある方はぜひ回られて吉田松陰誕生の地より萩の町を展望すると最高です。
(温泉の営業時間ですが、朝9:00〜11:00迄は清掃の為入浴できません。)

松陰神社の松の茂る清浄な境内を進むと、吉田松陰歴史館等をすぎると、左手に「松下村塾」があります。
吉田稔麿(よしだとしまろ)誕生の地
松陰神社より歩き始めてまもなく左側の民家の脇にひっそりと碑が建っているのに気づきます。車だと見過ごし そうな碑です。
1841年(天保12年)、足軽の長男としてこの地に生まれ、松下村塾に入門しました。高杉、久坂、入江と併せて松陰門下の四天王といわれました。
松陰の死後、尊皇攘夷運動に参加し、屠勇隊(とゆうたい)という有志の舞台を組織しました。1864年(元治元年)、京都の池田屋旅館で新選組に襲われ負傷し、
24歳の若さで死去しました。
歴史上では池田屋の変と言われています。

茅葺きの質素な平屋です。 初代総理大臣がここで育ちました。
散策途中の道の風景より
松下村塾(松陰神社内)から吉田稔麿(よしだとしまろ)の誕生の地の碑を過ぎて、伊藤博文旧宅へ向かう途中の風景です。
静かな道で、左奥には、松陰神社の森が見えます。
松陰の叔父で、松下村塾の創始者です。
散策途中の道の風景より
玉木文之進旧宅の前から吉田松陰誕生地・墓所へ向かう道の入り口を撮影したものです。写真に写っている碑には、「吉田松陰誕生地」と刻ま
れています。
道は急な坂になっていて、少々きついですが、登ると吉田松陰の像の前から美しい萩市内を展望する事ができます。
散策コースの途中で、坂になっているのは、ここと吉田松陰誕生地・墓所から東光寺への下り坂です。
松陰の銅像もあり、萩の街を展望できます。
毛利家(3代以降の奇数代藩主)の菩提寺です。













