萩 周辺観光 歴史

萩の歴史

1600年から1863年まで、約260年の間萩は毛利36万石の城下町として栄えました。
この小さな町が、あの幕末から明治維新へと多くの人材を排出し、時代を変革しました。
あのすざましいエネルギーは、どこから生まれたのか!
それは、ここ「松下村塾」より生まれたのです。
松下村塾へは、「萩本陣」から徒歩5分で行くことができます。

1600年(慶長5年)
毛利氏は、防長2州へ
毛利輝元は、NHK大河ドラマでも紹介されたように、中国地方10カ国を制する力をもっていたが、関ヶ原の戦いで豊臣氏の味方をしたために、周防と長門の2カ国に領地を削られた。
しかも、城は広島から、山陽の三田尻(防府)、山口でもなく、山陰の小さな町、萩に城を移すように命令されました。
村田清風による改革
長州藩(今の山口県)は、慢性的な財政難でした。しかし、天保の時代に村田清風が、藩政全般の大改革を実行しました。
この改革によって、36万9千石である長州藩の実力は、なんと100万石の実力まで成長しました。 現在の先行きが見えない時代、この村田清風の改革が、世間で注目されています。
(村田清風については、村田清風記念館が山口県大津郡三隅町にあり展示されています。萩本陣から車で30分。)
ペルー来航の衝撃
1853年(嘉永6年)神奈川県浦賀に軍艦4隻を率いて来航しました。
日本国中が、開国か攘夷かを対応をめぐり、大いに沸騰しましたが、驚異を感じた幕府は、翌年ペリーと日米和親条約を締結しました。
この時、吉田松陰は、アメリカ密航を企てますが失敗をします。
松下村塾を開く
そのアメリカ密航の企ての罪で、萩の野山獄(萩本陣より車で10分)へ入ります。
その後、叔父玉木文之進の松下村塾を引き継ぎ、安政の大獄により29歳で刑死するまでの2年半、若き門下へ新しき日本を拓く実践の道を熱く説きました。 その教えを受けた高杉晋作や久坂玄瑞たちが、まず長州藩を動かしていきます。
(萩本陣から徒歩5分で行くことができます)
尊皇攘夷運動が激化
武合体論を唱えていた長州藩は、久坂玄瑞たちの行動に押されて、尊皇攘夷へ変わっていきます。
1863年(文久3年)には、幕府に対して尊皇攘夷の施行をとりつけて、なんと小さな長州藩だけで、下関からアメリカの船に対して砲撃を開始します。ところが、このごろ、桂小五郎たちが、公家を扇動して、長州藩が朝廷を押さえているような情勢でした。
下関を砲撃
翌月には、アメリカとフランスの軍艦に攻撃をされて、下関の砲台は占領されました。
高杉晋作は、藩の正規軍があまりにも力がないために、身分の差別なく、志のある人物で構成される奇兵隊を結成します。
長州征伐
今までは京都は長州藩が主たる存在でしたが、薩摩藩は会津藩と手を組み、8月にクーデターを決行します。三条実美らは、長州へ逃れます。
池田屋事件が翌年起こり、長州藩は藩をあげて京へ乱入します。(禁門の変)しかし、久坂玄瑞をはじめ多くの若い人材を失います。
翌月には、イギリス、フランス、アメリカ、オランダの4カ国艦隊と長州藩1国が戦い惨敗となります。さらに、追い打ちをかけるように、8日後、幕府は長州征伐の命令を下します。
高杉晋作が立つ
長州藩では、正義党(倒幕派)と、俗論党(佐幕派)の2つの派閥がありました。
正義党は村田清風を祖に周布政之助や松陰門下が、俗論党は坪井九右衛門を祖に椋梨藤太など門閥階級の武士が所属していました。
この長州藩が存亡の危機となった時に、俗論党が政権を握り、幕府に謝るために、藩内の正義党を弾圧し長州征伐は終わります。
そこへ、高杉晋作が奇兵隊を引き連れて、挙兵を行い、政権を奪回します。
薩長連合へ
藩は次への戦いへ向けて、財政や軍など次々に改革を進めていきます。
その一方で、1866年(慶応2年)には、坂本龍馬と中岡慎太郎の仲介によって、仇敵同士だった薩摩藩と同盟を結びます。
倒幕
幕府は、再び長州征伐を命じますが諸藩の協力も得られずに、また、戦いの指揮を大村益次郎がとり、幕府は苦戦します。
そして将軍家茂が死に終わります。 この後、動乱は全国へ拡大し、幕府は300年の幕を引きます。
明治新政府樹立
優秀なる若き久坂玄瑞や高杉晋作は、革命の途上で命を落としました。
しかし、木戸孝允、伊藤博文、山県有朋 等、
松下村塾の門下生達が、今の日の土台を建設していきます。
松下村塾
このような歴史を振り返った時に、わずか2年半の間のあの松下村塾で、当時28歳の若き師、吉田松陰が、高杉晋作、久坂玄瑞、前原一誠、伊藤博文、山県有朋等の若き人材を育て上げたこの一点に明治維新の全ての鍵があるように思えてきます。
しかも、この松下村塾は、杉家の物置小屋を改築したもので、質素な建物です。
藩が作った学校である明倫館へ入学できないような下級武士の子弟が多く学んだことも有名な話です。
先行きが見えない時代、疲れやすいと言われる時代に、自分を見つめ直す時、新たな決意で出発をしたい時には、ぜひ、 朝日に輝く松下村塾を見ながら、あなたの人生のスタートをきってはいかがでしょうか。 また、本当の教育とは、教師とは、師弟とは、など、今の学校教育や家庭教育の解決のヒントもここにはあるのはないでしょうか。
萩本陣は、この松下村塾まで徒歩5分の位置にあり、
史跡「東光寺」、吉田松陰の誕生地ならびに墓所、有名な「松陰と金子重輔像」を約40分ほどの散策で回ることができ、好評です。
「朝のおすすめ散策コース」 をごらんください。
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