萩 周辺観光

歴史の街 萩を歩く

詳細ページ松下村塾・松陰神社

松下村塾・松陰神社 吉田松陰の叔父玉木文之進の家塾を、安政三年(一八五六)から 松陰が主宰し、高杉晋作・伊藤博文ら明治維新に活躍した多くの人材を養成したことで有名。
●萩本陣から徒歩約10分

詳細ページ伊藤博文 旧宅・別邸

伊藤博文 旧宅・別邸 茅葺きの質素な平屋です。初代総理大臣がここで育ちました。
● 萩本陣から徒歩約10分

詳細ページ玉木文之進旧宅

玉木文之進旧宅 松陰の叔父で、松下村塾の創始者です。邸内には松下村塾発祥の地碑が立っています。
● 萩本陣から 徒歩約15分

詳細ページ吉田松陰誕生地ならびに墓所

吉田松陰誕生地ならびに墓所 玉木文之進旧宅前の坂を上った、萩市街を眼下に見下ろす高台にあり、松陰の銅像があり、近くに松陰とその一族、高杉晋作、久坂玄瑞らの墓があります。ここから萩の街を展望できます。
● 萩本陣から 徒歩約20分

詳細ページ東光寺

東光寺 毛利家(3代以降の奇数代藩主)の菩提寺で本堂裏の毛利家墓所は国指定の史跡となっています。
● 萩本陣から 徒歩約25分

詳細ページ顕義園

顕義園 山田顕義之誕生地 日本大学・國學院の創始者 学祖を大切にされる気持ちから、多くの植樹が行われ銅像の周りは緑で覆われています。

萩城跡

萩城跡

壕と城壁の一部、石垣が残る萩城跡。旧本丸が公園となり春は600本のソメイヨシノが満開になる桜の名所でもあります。その他にも牡丹、ツツジ、萩、ツワブキなど四季折々の花が咲き、人々の目を楽しませてくれます。天気の良いにはお弁当を広げる姿もあちこちに見られます。

萩博物館

萩博物館

萩の街を知りたい場合はまず萩博物館へ。ボランティアガイドさんの丁寧な説明で萩の歴史や文化などあらゆることが分かります。
萩博物館は 『萩まちじゅう博物館』 の中核施設として、萩の自然や歴史、民俗、文化などあらゆることが学べる機能を持っています。

萩美術館(山口県立萩美術館・浦上記念館)

萩美術館(山口県立萩美術館・浦上記念館) 喜多川歌麿[きたがわうたまろ]の『難波屋おきた』や歌川広重の『東海道五十三次』をはじめとする浮世絵約5000点もの浮世絵版画と、約400点の東洋陶磁器を所蔵することで有名な美術館。やきものや浮世絵ファンのリピーターが多いといいます。

熊谷美術館

熊谷美術館 熊谷家は、萩藩7代藩主毛利重就[もうりしげなり]に所帯方御用達に抜擢されて以来、問屋、金融、仲買などを業として栄えた豪商。1768年(明和5)に建てられた主屋と、離れ、本蔵、宝蔵が重要文化財に指定されています。
展示室には初代坂高麗左衛門の茶碗や雪舟の掛軸、円山応挙[まるやまおうきょ]の屏風など、貴重な美術工芸品や古地図など約3000点を展示されています。4代主人が親交を結んだ、ドイツ医師シーボルトから贈られた日本最古のピアノがあり必見の価値があります。

高杉晋作旧家

高杉晋作旧家 萩藩士 高杉小忠太(家禄200石)・みちの長男として生まれ、 1857年には吉田松陰が主宰していた松下村塾に入っています。
江戸時代後期、後の奇兵隊など諸隊を創設し、幕末長州藩を倒幕に方向付けた幕末の長州藩の尊王倒幕志士として有名になります。
旧宅内に晋作の写真や書などが展示され、邸内には自作の句碑「西へ行く 人をしたひて 東行く 心の底そ 神や知るらん」や産湯に使った 井戸があります。

菊屋家住宅

菊屋家住宅 藩の御用商人を務めていた菊屋家。現存する商家としては最古の部類に属し、400年の歴史があります。主屋をはじめ5棟が国指定重要文化財に指定されています。
また藩の本陣としての役割も持っており、当時の様子を約20年前に復元し一般公開しています。
すばらしい庭や美術品など貴重な資料が数多く展示されています。

藍場川

藍場川 藍場川はもともと農業用水、家庭用水や防火用水として利用されていたものを、延享元年(1744)6代藩主毛利宗広により川舟が通れるように開削され、薪や炭などの物資の運搬に利用されました。
大溝と呼ばれていましたが川端に藩営の藍場ができ、そのため川が藍色に染まり、いつの間にか藍場川と呼ばれるようになったといわれています。
今でもハトバと呼ばれる洗い場や川舟が通りやすいように中央を高くした石橋などに昔の面影が偲ばれ、城下町の生活の情緒を伝え残す数少ないところで、川沿いは歴史的景観保存地区に指定されています。

旧湯川家屋敷宅

旧湯川家屋敷宅 藍場川沿いにある藩政時代の武家屋敷で、川沿いに長屋門があり、屋敷の中には橋を渡って入ります。主屋には玄関、座敷と茶室などがあり、特に茶室回りの意匠が優れています。
また、川の水を屋敷内に引き入れて流水式の池泉庭園を造り、池から出た水を家の中に作られたハトバや風呂場で家庭用水として使った後再び川に戻しています。
藍場川沿いの民家では環境問題に配慮した水の利用法を見ることができ、しかもその技術は優秀です。

桂太郎旧宅

桂太郎旧宅 明治維新後、3回にわたって内閣総理大臣を務めた桂太郎の旧宅。
桂太郎は、萩藩士桂與一右衛門の長男として、萩城下平安古に生まれ、3歳の時に川島に移り住みました。

この旧宅は、明治42年(1909)に新築したもので、主屋は派手さを抑え、規模も比較的小さなもので、藍場川沿いの生活を穏やかに楽しむために造られています。

鍵曲(堀内・平安古)

鍵曲(堀内・平安古) 敵の進入を防ぐために造られた城下町ならではの町割。見通しがきかないように、道路が鍵手形(直角)になっています。
昔のままの萩らしい風情を残す閑静な散策道です。

口羽家住宅

口羽家住宅 萩城下に残る上級武士の屋敷としては古く、かつ全国的にも比較的数少ない武士の家を代表する建物。 後世の拡張のほかは改造も少なく、表門は縮小されてはいますが雄大な気風があり、屋敷構を示す上に重要です。

毛利家江戸藩邸の門を移したという表門(重要文化財)は桁行22.2m、梁間4.9mのなまこ壁が美しい長屋門です。

田中義一別邸

田中義一別邸 明治9年(1876)に貧困士族救済のために夏みかん栽培を奨励した萩藩士小幡高政がここに住み現在の主要骨格は形成されました。
大正期には元内閣総理大臣田中義一の別邸となり母屋などの増改築が行われた現在の建物となりました。

邸内には肖像画をはじめ大将服などが義一ゆかりの物があり一般公開されています。
隣接して「かんきつ公園」があり、夏みかんなどかんきつ類約10種類約400本の木が植えられています。

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